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仙台へいってきました。
温泉と伊達政宗と牛タン。
考えてみると、仙台の学会以来なので、10年ぶりくらいでした。
120310_1341~001
伊達政宗さんの銅像です。
えっと、この銅像。2代目とのことです。
他にもあるにはあるのですが、やはり、震災の傷跡がところどころありまして、
城フェチとしては、石垣がすごいとおもいました。
仙台城は伊達政宗が、泉州・堺から仙台に来ていた職人たち4名を雇って
作り上げた仙台城の石垣だとのことですが、
120311_1117~001
みりゃわかるように、とにかく隙間が無く、カクカクしていて、しかも、これは実際に見ないと
伝わらないかもですが、凄く綺麗な放物線を描く石垣でした。
※修復した石垣かもしれないのですが、それでもすごかったです。

展示室もなかなかであり、若本さんのナレーターでの説明とか、もはや・・・・ニヤリ。

石垣が崩れたところももちろんあります。
ただ、それでもしっかりと作られており、資料館で見た外堀までの立地を見ると、
山城なのですが、ここは大手門側からしか攻めれないような
断崖絶壁の場所にあり、岐阜城と同じくらいの難攻なお城だと思われます。

120310_1423~001
そして、伊達政宗公霊屋 瑞鳳殿。
こちらは、綺麗でした。
古いのが好きなフェチな私にはちと、ものたりないのですが、
その物足りなさを払拭してくれるような資料館が併設しており、
規模は小さいのですが、中身は濃かったです。
写せなくて残念ですが、
黒漆五枚胴、三日月タテモノつき 六十二間筋兜。
実際に使ったかは不明ですが、たぶん、埋葬されていた
六十二間筋兜の方は、木製のタテモノであったとのことから、
実用のものではないかと思われますが、はてさて、わかりません。
※よく金属のイメージをもたれますが、軽量化できるところは軽量化する時代なので、
わりと実用的なものは、たてものが木製であることが多いんです。
鉄砲での試しうちの傷というものをいっていたのですが、
この胴は、凹みが極めて軽度であり、そうとうの防弾力があったと思われます。
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こんなかっちょいいバスにのって、移動していたのですが、
そんな中、伊達政宗の銅像が多いのかなと思っていたら、いやはや・・・。
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支倉常長さんの銅像がでーんとありました。
実は、仙台で気づいたのですが、支倉常長さんは、伊達政宗、片倉景綱に並んで売り出しNo.3に入っております。
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というように、お土産とかでも名前が出ておりました。
やはり、慶長ローマ使節団のお話は、確かに凄い出来事ですね。
考えてみれば、日本で船を作って、ローマまで使節を送って、戻ってこさせたというのは、
すごいことではないでしょうか。※150人くらいで行ったとのこと。

グルメにおいては、
120311_1344~001
ずんだシェーク。

美味しかったですよ。あと牛タン。美味しかったです^^v
牛タンは食べるのに、40分ほど並びました・・・・。えぇ、なんか人気店だったらしく・・・。

そして、実は、ある場所に行き、どうしても自分の目で確認しなければならない場所がありました。
沿岸沿い。

私個人の思いですが、あれは、興味本位とかではなく、感じる意味で、見たほうが良いと思います。
TVの世界はTVの世界。平面は所詮、平面です。
鹿島の被害を肌で確かに受けました。
千葉の被害も肌で受けました。
ただ、そうじゃないものが、感じられました。

そして、バスガイドさんの肌で感じていた体験を話す時の気持ちをさえながら話す言葉。
そして、観光を少しでも広げていこうとする気持ち。

私が感じたことは、いろんな考え、いろんな気持ちがあると思うけれど、
少なくとも、今回、行く価値は十分にあったこと。
それだけをあえて記して。
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