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今週は、筑波山神社へ、行ってきましたー。
建物自体が古く、かなり立派な作りで、
おぉぉぉ!!!!と思わずシャッターを切りました。
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そして、ふと、案内図を見たら
「楠正勝公の墓」というのが出ており、
???だれ???ってこともありましたが、探してみました。(ひっそりとたたずむ場所にあり)
130525d.jpg130525c.jpg
そして、とりあえず、帰ってから調べるかーってことで、調べたのですが
そこでもやっぱり、諸説あり分からず・・・。

ただ、わかっていることは、北朝・南朝の時代の話としては、よく分からないが
虚無僧の祖としては、確かな痕跡はあるらしく、
一般的に「虚無僧」=「尺八を吹きながら、籠みたいなのををかぶって行脚修行」って
姿の祖であるなら、一つの歴史を残した人だなぁということで、
とりあえず、手を合わしておきました。
ただ、帰ってきてふと思ったのですが、「手を合わす」でいいのか??
十字架を切るのではないと思うが、よくわからない・・・。
まぁ、でも、こういうのは、気持ちを込めていれば良いだろうと思っておこう。

さて、その後、小田城へ向かいました。
「小田氏」といえば、私が戦国武将で好きな武将のひとりであり、
とにかくこの、小田城を巡る戦いは、すごいのです。
小田氏治(小田天庵)という戦国大名がおり、その人が中心となる
話は、調べるといろいろ出てきますが、
特に小田城は落城しまくります。
「しまくります」というのは、この小田氏、戦績はとにかく
負けばかり。勝つことが数回。
ただ、いつも家臣や領民がお城を奪還してくれて、
毎回小田城へ返り咲く。
(1572年に落城してからは、奪還できませんで、結城秀康家臣で終わります)
ただ、この人は、とにかく負ける。負けるのですが生き残る。
その生き残り方が、いわゆる「支えられて生き残る」ってのが
あまりに凄くて、好きなんですねー。
で、この遺構があるってことで、小田城跡にいってきました。
130525e.jpg
・・・・ないですね・・・・なんにも・・・・。

ってことで、言ったってことだけでも良いとします。
せめて、なにか・・・とおもったら、パンフレットあったのでもらったw
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