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鹿島神宮へ旅行に行ったときの写真を
整理してみました。
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これは、楼門っていう、鹿島神宮の大きな門があるのですが、
これが朱色に染まっていて、日中にいったのですが、
凄く綺麗でした。

そして、奥に行くと、なんか聞いたことがある「要石」を発見!!
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ぱっとみて・・・たんに、くぼんだ小さな石でしたが、
実はこれ・・・すげーでかいらしいです。
どれくらいの大きさか知りませんが、掘っても掘っても、黄門様ご一行は、掘りきれなかったと
記されておlります。
私が思うに、はちべぇが足を引っ張ったと推理しております!
ただ、どうも地震抑えの伝説ってのもありましたが、もともと地震伝承が多く、
小林一茶の句も、ここで詠んだ句が残っており、
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地震というものに対して、昔から考える部分があったのではないかと思われます。

奥に進むと、君が代のさざれ石に由来する石がありました。
その名も・・・・・さざれ石!ってそのままなのは当たり前かw
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なんか、カクカクした石の塊でした。
で、そのまま奥にずーっと歩いていったら・・・・。
御手洗池の近くに、茶屋発見!!
そとで焼いている3色団子を頂き、ついでに甘酒も頼んじゃいました♪
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アップは許可が取れないので出来ませんが、この菜の花を口にくわえてカルメンを踊ろうとする方の
写真もあるのですが、載せれませんでした。個人的にタノシミマス。
で、帰りに・・・・そうだ。鹿島神宮って塚原ト伝じゃんよぉぉ・・・ってことで
鹿島新当流のネタがあるんじゃないかと探索・・・探索・・・・。
鹿島神宮の宝物殿には、ソレらしきものはなく、単にみねうちが出来ない
両刃の日本刀とかを舐めるようにみているツンデレが居たとか、
両手でももてない長い日本刀のレプリカがもてなくて、
「こんなの無理だろ!!><」って逆ギレするジェントルマンがいたくらいで
特になく残念・・・。

・・・っておもったら・・・ありましたよ。
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ゆるきゃら「ぼくでん」
これはね・・・拡大すると・・・これです。
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すまんです・・・私的には、ゆるキャラにするにしても、
こんな、禿げたおっさん・・・いやです><剣豪チックに、少しはひねってください。
せめて、鹿島は鹿も関係するんだから、そのあたりをうまいこと・・・シカ・・・・・。
せんとくん

そうか・・・・やっぱ、このままで許すよ。ウンウン。

以下、ちょっとまじめな話。
以前、鹿島に行った理由は現状把握のためーってようなことを言いましたが、
確かに被災地は岩手・宮城・福島など、東北がメインで言われておりますが、
何度でも言いますが、他も被災しています。しかも大規模に。
メディアが伝えねーから、自分で確認してきました。
単にそれだけです。それ以上でもなく、それ以下でもなく、
その現状を確認した上で、自分で判断したかったので。

香取や鹿島周辺は、江戸時代前まで、
香取海っていう東京湾と同じくらいの大きさの湖があったんです。
ゆえに、あのあたり一体は、埋立地であり、ゆえに津波もさることながら
地盤が弱いので地震の影響を受けやすい地域でもありました。
ってことを、以前、関宿城博物館で知ったので余慶に心配でして・・・。
で香取市に入ったのですが、道が・・・・><主要道路も・・・・。
片側です。かろうじて走れたところは。そして、直しているところというよりも、
通れるようにしたって感じですので、凹凸のある道路でした。
で、コンビナート周辺は・・・。
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左のを見れば分かりますが、おかしいですね・・海が見えないのに・・・。水でコンテナが流されたってのが
分かると思いますが、むっちゃ津波着ています。
で、右の写真は、とあるメーカーの流出油処理剤です。
察するに、海上に油漏れ懸念か、油漏れがあって、その処理剤を用意したままになっているんだと思われます。

まぁ、それだけ被害がでかかったってことを伝えてみました。

なお、被害があった住居などは撮りませんでした。当たり前ですけどね。
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